キリ(桐)で気になっていたこと

天童でも蟹江でもキリ(桐)の木はよく見かけます。

花の時期の薄紫の筒状に見える花は印象に残ってしまいます。

昔からキリ下駄は軽くて高級品でした。

キリは娘が生まれると庭に若木を植え、成長して嫁に行く頃に桐箪笥(キリダンス)を作って持たせるという話を聞いたことがあります。

それほど早く成長する木なのでしょう。

また桐箪笥は100年くらい長持ちし、仮に火災があって表面が黒焦げになっても、鉋(カンナ)をかけると元の木目が見られるほど、火災にも強いと言われています。

東北では福島県会津の三島町のキリが有名でした。

毎日新聞の「とうほく全国1位探求」には、「軽くて軟らかい木材として、和ダンスやげたなどのさまざまなものに用いられる桐(きり)材。福島県は全国の生産量の4割を占め、日本一を誇る。県西部の会津地方で生産される桐は『会津桐』と呼ばれ、密度が高く高級品とされてきた。」と記されています。

そのキリの生産地の中心が三島町なのです。

会津の西山温泉に出かける途中に、三島町を通ったことがあります。

キリの木を見かけたものの大量に植わっている感じはしませんでした。

ウィキペディアでは「キリは日本国内でとれる木材としてもっとも軽い(比重0.27~0.307)。また材質は広葉樹や針葉樹の繊維構造とは異なる独立気泡構造をなし、湿気を通さず、割れや狂いが少ないという特徴がある。日本の建具、家具、箪笥や楽器の材料とされてきたが~。」と記されています。

他の木とは異なる繊維構造と軽さを持っているようです。

桐の紋といえば豊臣秀吉の紋だと知っていました。

最近では官房長官や総理大臣が話をする演題のプレートに桐の紋が描かれています。

どんな理由か気になっていました。

ウィキペディアでは「古代中国では聖王を象徴する鳳凰が『梧桐の木に宿り竹の実を食う』とされ神聖視された。日本でも嵯峨天皇の頃から天皇の衣類の刺繡や染め抜きに用いられるなど、『菊の御紋』に次ぐ高貴な紋章とされた。また中世以降は天下人たる武家が望んだ家紋であり、足利尊氏や豊臣秀吉などもこれを天皇から賜っている。このため五七の桐は『政権担当者の紋章』という認識が定着することになった。近代以降も五七の桐は『日本国政府の紋章』として大礼服や勲章(桐花賞、旭日章、瑞宝章)の意匠に取り入れられたり、菊花紋に準じる国章としてビザやパスポートなどの書類や金貨の装飾に使われたり、『内閣総理大臣の紋章』として官邸の備品や総理の演題に取付けるプレートに使われている。」と記されています。

また現在の五百円玉の表も五七桐紋でした。

こんな歴史的な経緯があったとは思いませんでした。

由緒ある紋章なのですね。

(シソ目 キリ科 キリ属)落葉高木

カモ撮りこうちゃん