セセリチョウの想い出(イチモンジセセリとキマダラセセリ)
イチモンジセセリ
キマダラセセリ
小さい頃秋になるとイチモンジセセリを見かけていました。
遠い日の想い出と繋がっています。
その頃イチモンジセセリは大陸から海を渡ってくると聞かされていました。
というよりは思い込んでいました。
他のチョウに比べて流線型の体型なので、海を渡って来られる理由として妙に納得していたのです。
その頃イチモンジセセリの数が多かった印象があります。
イチモンジセセリの集団移動について1967年8月24日の毎日新聞には「大阪の東の空から現れ、地上数メートルから二十メートルほどの高さを時速六十キロ位で移動、同九時頃まで飛び続けて大阪湾方面に姿を消した」とか、1952年9月2日に神奈川県では「群の大きさは長さ十二キロメートル、幅五キロメートル、厚さ九・五メートルで推定約十八億匹のイチモンジセセリが南方向に移動していった。」と記されています。
三河湾の海上ではイチモンジセセリが群れで飛んでいるとも書かれていました。海上で船にとまり海上の波間に漂って休む例も見かけられています。
後年この記事を見て、数の多さと飛翔力の強さに改めて驚いてしまいました。
なぜ移動するのか。
イチモンジセセリの幼虫はイネ科の植物を食べて成虫になります。
秋になって稲刈りが終わるとチガヤやススキなどイネ植物の仲間がまだ育っている西や南方向に移動しているのではないかという仮説があるようです。
最近これ程のイチモンジセセリが見られないのは、長年にわたる農薬の影響や生態的に安定してきたからではないかと思われます。
それでも秋になるとイチモンジセセリが百日草などに吸蜜に来ているのを見かけています。
永和の雑木林を歩いていて、イチモンジセリとは違うセセリチョウを見かけました。
イチモンジセセリとは違う雰囲気のチョウです。
調べるとキマダラセセリだと思われます。
このキマダラセセリの仲間には想い出があります。
皆さんご存知の安西冬衛の「春」の中に、「てふてふが一匹 韃靼海峡を渡って行った」という詩がありますね。
このチョウ(てふてふ)はどんなチョウで、どちらからどちらに渡って行ったのかという問題を考える時、モンシロチョウなどと違うセセリチョウの仲間ではないかと思うのです。
シベリアにはカラフトタカネキマダラセセリというセセリチョウがいます。
シベリアと樺太間(韃靼海峡=間宮海峡)は凡そ150㎞あります。
ここは偏西風(西から東に流れる)地帯です。
偏西風に乗って150㎞移動できるチョウは、途中波間で休憩できるカラフトタカネキマダラセセリしか思いつきません。
病で臥せっていて故郷のカラフトに帰れない自分と渡っていけるチョウ、そんな心境を詠んだ詩ではないかと考えてしまいました。
本当かなー。
(チョウ目 セセリチョウ科)
カモ撮りこうちゃん