ツバメシジミが吸蜜しながら翅を盛んに動かしている意味は?
色々な動物たちを観察していると、人間の感情と思われるような行動を見かけることがあります。
例えば、トゲウオのイトヨが背びれを立てたり閉じたりしているのを見かけると、何か感情表現をしているように思えます。
またシジミチョウが花の蜜を吸っているとき、翅を開いているとリラックスして心が穏やかで気分良く蜜を吸っているように思えます。
昔読んだ資料にモンシロチョウの実験がありました。
摩擦がほとんどないガラスの上を、コルクでとめたオスとメスをおき、そのオスが羽ばたくとコルクが移動するようにさせておくと、慣性の法則でまっすぐに進んでいきます。
そのオスがコルクのメスの傍を通り過ぎるとき、メスの方を振り返りながら見ていたというのです。
人間的に言えば「良い女だなぁ」と思っているような風情だと書かれていました。
モンシロチョウにもそうした感情があると考えることもできます。
人間以外の動物には魂があるのかないのかを考えるのは、昔から哲学の問題になっていました。
その代表的なものがデカルトの「人間機械論」の思想です。
どの思想も同じですが、デカルト一人がそうした思想だった訳でなく、そうした社会風潮があったのですね。
そこで犬を鞭で叩いてキャンキャン鳴かせても、機械だから罪悪感を感じないで済んだようです。
その後はイヌやネコにも人間と同じような感情があるのではないかという思想が表れてきて、今では動物への虐待は認められなくなりました。
こうした背景に進化論の考え方が関わっているような気がしています。
原初の細胞からホモサピエンスに至る系統樹の中に、動物全てが配置されているので、人間の感情の原初となるものが下等動物にも存在すると考えることができます。
先日弥富市の宝川の土手で見かけたツバメシジミは、花の蜜を吸いながら、しきりに前翅と後翅を動かしていました。
その行動をみると、緊張しながら吸蜜しているのではなく自然にそうした行動をしているように見えるのです。
リラックスしている状態といえるでしょうか。
このツバメシジミはメスで翅はボロボロになっていました。
どのチョウもある時間が経つと翅はボロボロになってきます。
写真を撮るには対象として不適切ですが、生き抜いてきた生命力を感じてしまいます。
このようにトゲウオ、モンシロチョウやツバメシジミなどの行動を見ると、こうした昆虫にも人間の感情にも似た原初的なものがあるのではないかと考えてしまいます。
動物愛護論者の人たちは、こうした昆虫にまで、イヌやネコの感情のようなものがあると考えているのかどうか、是非知りたいものです。
カモ撮りこうちゃん