オオタカの成鳥はとても美しい

蟹江周辺には冬になるとオオタカがやってきます。

ユーラシア大陸からやってくるもの、日本の北の方からやってくるものなどがいるようです。

昔からオオタカは鷹狩りのタカとして使われてきました。

他にもハヤブサやハイタカなども使われていましたが、時代劇に出てくるタカのほとんどはオオタカでした。

「犬と鷹の江戸時代」(根崎光男 吉川弘文館)によれば、綱吉の時代はイヌの殺生ばかりでなく鷹狩りも禁止したので、職を失った人たちが多数出たと言われています。

その後の家宣、家継は計7年しか将軍職になく、吉宗が八代将軍になってから鷹狩りが復活されました。

吉宗の頃は各藩から鷹狩り用のタカの幼鳥が将軍家に献上されたり、逆に下賜されたりしていました。

贈答品の1つだったのです。

鷹狩りは将軍家や大名家にしか許されず、そのヒナを獲る場所が鷹取山とか御巣鷹山と呼ばれています。

一年中ハヤブサがいるようですが見かけません。

見かけるとしても一年に一度くらいでしょうか。

それに比べると冬鳥のオオタカは、前年度に来た場所で冬を越すらしく、雑木林周辺では前年の幼鳥をまた見かけています。

オオタカに出会う機会はハヤブサに比べると断然多いのです。

オオタカはカラスぐらいで、幼鳥の時は茶色っぽいのですが、成鳥になると腹が白っぽくなってきます。

眉斑も白くとても風格がある姿になります。

薄曇りの日、吉川英治の句碑がある、日光川と佐屋川に挟まれた土手を歩いて行くと、先の大きな木の枝にタカらしい姿を見かけました。

過去にも同様なことがあったのでオオタカではないかと思い、離れたところから写真を撮りました。

少し近づいてまた写真を撮りました。

白く見えたので、一瞬大陸から渡ってくるシロハヤブサではないかと思いました。

青森県や北海道に少数渡ってくる白いハヤブサです。

それでないかと心弾ませて写真を撮ってカメラの再生画面で見返してみると、やはりオオタカの成鳥だったのです。

冬の枯れ枝に止まっている白い姿は孤高で気高い感じがしました。

オオタカはこの近辺では鳥の頂点に立つ猛禽類ですが、その姿はそれを納得させるものだなあと思いました。

さらに私が近づくと、飛び立つために屈んでから飛び立って行きました。

こんな場面に出会うなんて、なんて幸運なのかと思ったものです。

(タカ目 タカ科)

カモ撮りこうちゃん